やま平窯 「山本博文」

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職人インタビュー/山本博文(やま平)

職人インタビュー  「 山本博文 」 / 佐賀県 やま平窯

江戸時代より海外へ、高い人気を誇る有田焼

その独特の美しさで、海外からも高い人気を誇る有田焼は、佐賀県有田町で作られる。

江戸時代より、隣接する伊万里港から輸出されており、アンティークマーケットでも根強いファンが多い。
その始まりは、1616年。土を原料とする陶器ではなく、石をベースにした磁器であることが最大の特徴である。有田焼の発色が他と比べて美しいのは、このような理由。
その端麗なシルエットと高い技術力で、全国各地にファンを持っているのが、やま平窯だ。
1967年に創業し、現在は3代目となる代表の山本氏に話を聞いた。


日本磁器発祥の聖地と呼ばれている泉山磁石場

約400年の歴史を持つ有田焼

「有田焼は、日本で初めての陶磁器で、1616年に始まったと言われています。
オランダの東インド会社を通して、江戸時代より海外輸出をしていました。
その美しさと繊細さで、当時から海外でも人気が高かったんです。 もちろん日本国内でも評価が高く、藩や皇室に納められていました。
今、有田町では、再来年の400周年の節目に向けて、一丸となっているところです。様々なイベントを予定しているので、是非とも訪れて頂きたいですね」

山本さんが手掛けるプロダクトの中でも、ひと際、高い注目を集めているのが、エッグシェルシリーズ。
もともと江戸時代から明治に掛けて、海外へ輸出されていた有田焼をモチーフにしており、そのタマゴの殻のような薄さより、西洋人から"エッグシェル"と呼ばれたそうだ。

卵の殻のように薄い"エッグシェル"

「我々は、もともとホテルや旅館などに卸す業務用食器の生産をメインにしていました。そのような商品は、長く使うための強度や、コンパクトに収納するためにスタッキングできたりと、デザインよりも機能性を求められるんです。そこで培った技術や機能をうまく活かして、日々のライフスタイルでモダンなデザインを作れないかと、試行錯誤した結果、現在のようなスタイルになりました。
その中でも象徴的なのが、エッグシェルシリーズですね。これは、もともと江戸から明治に掛けて、海外へ輸出されていた極薄の食器がデザインソースになっています。見た目は同じなのですが、製造方法はまったく異なります。当時は幻と言われていたくらい、奇跡的な確率でないと作れないものだったそうです。
それでは商売になりませんし、安価でお客さまに提供ができませんから、B品ができるかぎり出ないような手法を編み出しました。試作品を作り続けて2年ほど掛かりましたね。

厚さを1ミリにしながらも、ある程度の強度を持ち合わせなければならない。
この矛盾を量産に落とし込まないといけないのが大変でした。素材の配合は何度やったかわかりません(笑)。

このプロダクトの最大の特徴は、その薄さだからこそ実現できるふんわりとした手触りと口当たりの良さ。
有田焼の醍醐味である白さと、繭をイメージした表面の質感にもこだわっています。
何気ない日常でも、うちの製品を使うことで、特別な一時となる。そう思ってもらえれば、これ以上に嬉しいことはないですね。」





このタンブラーを見てもらうと、まず、その軽さと薄さに驚く。そして照明器具のような透光性のある美しさと、繭のような不思議な手触りにびっくりすることだろう。
そしてビールなどを入れて、タンブラーを嗜む時間は、最高のひとときを約束してくれる。有田の高い技術と作り手の情熱。 薄くて軽いが、ある意味、非常に濃厚なプロダクトであるのだ。




山本 博文/Hirofumi Yamamoto

やま平窯元/代表


佐賀県の有田町に位置する有田焼の「やま平窯元」。
先々代・山本平作は有田焼窯元「山庄窯」の次男として生まれ焼物の修行を積み、戦後間もなく、名前のに文字をとって「山平窯」として独立しました。
その後、先代・山本正治により1972年社名を「やま平窯元」として法人化。
現在は山本博文氏が自社ブランドY's home styleを立ち上げ、脈々と続く有田焼の伝統文化を大切にしながら、時代のニーズに合わせた新しい物を提案しています。



やま平窯元

〒844-0012
佐賀県西松浦郡有田町桑木場乙2267-1